昨日自動販売機に行ったら

「昨日自動販売機に行ったら、当たりが出たの。珍しくない?」

「珍しいね!」

「おかげで大好きな紅茶を2つもゲット! すごくない?」

「確かにね。最近だと当たりが出る自動販売機っていうのも少ないと思うけど、ほんと珍しいね」

「押した瞬間、分かったもんね。私、あっこれ当たるな! って」

「マジか! ぜひ、今度自動販売機にご一緒したいな」

「あはは。今度一緒にいきましょうね」

 放課後、彼女である恵里菜と何気ない日常について、話すこと。そんな時間が楽しい。『ツボが合う』『空気が合う』そういうのがあるということを始めて知った。

「ふふふ。ほんとラッキーだっわ。間宮くんは最近何か良いことあった?」

 この時俺に思い浮かんだのは、ラッキーだったことではなく、自動販売機についてのエピソードだった。会話を楽しくキャッチボールしている中、少し気が緩んだのかもしれない。キャッチボールのリズムに誘われて、自分の自動販売機での「失敗談」を話したい。そういった欲望にかられてしまった。

「この前さ、アイスコーヒーを自動販売機で買って飲もうとしたら大やけど。間違えてホットコーヒーを買ってたんだよね。あはは」

 そういった瞬間、しまったと思う。「あはは」と笑っているのは自分しかいない。キャッチボールのリズムは急激に止まる。

 しまった。

 恵里菜の癖を思い出した。恵里菜はどういうわけか俺の上に立とうとする。それは彼女の何に由来しているか分からない。上に立つのが落ち着くのかもしれないし、もしくは上に立たないと不安でしょうがない。そういうところがあるのかもしれない。

 理由は分からないがとにかく彼女は上に立ちたがるのだ。なので、俺を「下に立たせるチャンス」を見つけると、すぐさま鋭い嗅覚で反応するのだ。

「だめじゃん」

「そうだね」

「だめじゃん。間宮くん、アイスコーヒーを買おうと思ったのに、ホットコーヒーを買うなんてありえないよ。しかも、大やけどって。ちゃんと確認して買った?」

「うん、確認して買ったけど・・・・・・」

「確認して買ったのに、間違えたんだよね。じゃあ、どうして間違えたのかな?」

「それは、自分のミスというか・・・・・・見間違えたというか・・・・・・」

「見間違えたっていうけれど、間宮くんこの前も見間違えて、階段を上っている途中に転んだんだって言ったよね。同じ失敗をするってどうなの?」

 彼女は俺のミスを問い詰める。確かに俺はコーヒーを間違えた。階段の段差を見間違えた。でも、本当は大やけどしてない、間違えたコーヒーを飲んで「熱っ!」って感じただけだ。階段も転んでない、よろけただけだ。ただ、おおげさに物事を言って、恵里菜に笑って欲しい。ただそう思っただけなんだ。問い詰める恵里菜を見ていると、ほんの少しだけ彼女のことが嫌いになる。

「ほんと間宮くんってだめね。自動販売機で飲み物を買うのにも私がいないとだめなのかしら」

 彼女は一度問い詰め始めると止まらなくなるってことを、最近知った。彼女の話はこれから何分も何十分も続くだろう。恵里菜の顔から目をそらすと、恵里菜のバッグが目に止まった。トートバッグから見えるのは・・・・・・。

「同じ失敗をする人って成長しないって知っている?」

「どうして、間宮くんは何度も同じ失敗をするのだと思う?」

「ねえ聞いている? そう。じゃあ今まで話したところをまとめてみて?」

 トートバッグから見えたのは、紅茶のペットボトル2つだった。どうして、恵里菜は俺の大好きな恵里菜と大嫌いな恵里菜が同居しているんだろう。

 問い詰める彼女の言葉を聞きながら、俺は悲しい気持ちになっていた。